700年続く三光丸の薬づくり。米田家に伝わる歴史について
薬づくりの一族「米田家」

これまでのコラムでは、胃痛・腹痛などの不調に役立つ三光丸のはたらきや、漢方・和漢薬の視点についてご紹介してきました。
今回は少し視点を変えて、三光丸をつくり続けてきた米田(こめだ)家と、株式会社三光丸の歴史についてお話ししていきます。
株式会社三光丸の代表取締役社長である米田豊高(こめだ とよたか)は、なんと米田家34代当主。
米田家の歴史は鎌倉時代中期までさかのぼります。
寺社から薬づくりを学ぶ
当時、大和(現在の奈良県)で勇猛を誇る豪族、越智(おち)一族の中で、米田家は比較的穏健派で和を重んじる人々でした。米田家は一族のなかで、寺社との交渉役を務める役割を担っており、興福寺、春日大社などの大きな寺社と深いつながりがありました。
当時の寺院は、宗教施設であると同時に、政治・医療・教育の中心として大きな影響力を持つ存在です。その付き合いの中で、米田家は自然と「薬づくり」に携わるようになったと考えられています。
特に奈良の興福寺は、海外から伝わる医療や生薬知識が集まる場所でした。
それらの知識や技術を学び、独自の工夫を加えながら米田家は薬づくりに励むようになったのです。
当時の薬は、初めは寺内で仲間うちの治療として使われることが多かったのですが、病の人に薬を恵む「施薬(せやく)」が広まることで、庶民にも広がっていったと考えられています。
王者の薬「紫微垣丸(しびえんがん)」の誕生

南北朝時代、元応年間(1319~21年)には、三光丸の前身である紫微垣丸(しびえんがん)がつくられていました。「紫微垣(しびえん)」とは北極星を中心とした天空の領域のことです。古代中国で、天帝(王)の住まう場所とされていた神聖な空間を指します。
まさに王者の風格のある名前ですが、その名前を付けられたことからも、当時から優れた薬だったことがわかります。
三光丸の誕生秘話
やがて時代は南北朝へ。後醍醐天皇が吉野へ移り、南朝が成立します。
米田家が属する越智氏は、南朝に従っていました。
あるとき、越智氏の一族が、秘伝薬「紫微垣丸」を後醍醐天皇に献上したところ、その効き目に帝は大変驚かれました。
そして「天の神、月の神、星の神が授けた秘方である」
と称えられ、「三光丸(さんこうがん)」と命名されたのです。

三光丸のマークは、後醍醐天皇から賜った言葉より「太陽・月・星」が基になっています。

ここから、三光丸の名と歴史が始まりました。
また、織田信長の嫡男・織田信忠も三光丸の効き目に感銘を受け、「軍中第一の妙薬」と褒め称えたと伝わっています。
一子相伝で守られてきた製法
誕生以降、700年にわたり三光丸の製法は米田家が守り続けてきました。
江戸時代中期の三光丸は、現在の配合とほぼ同じと考えられています。
その製法は一子相伝(奥義を、自分の子ども一人だけに伝え、他の者には秘密にすること)です。米田家には、部外者が見てもわからないように暗号で書かれた三光丸の配合表が残っています。
現在では、安全性と信頼性のために配合は公開されています。
【三光丸の主要な生薬】
生薬名 役割
●センブリ:胃の炎症を抑え、過剰な胃酸を整える
●ケイヒ(シナモン):体を温め、冷えからくる胃の不調を防ぐ
●オウバク:病原菌に対する殺菌・抗菌作用があり、胃腸の炎症を抑える
●カンゾウ:粘膜を保護し、痛みをやわらげる

三光丸には、中国由来の漢方の知識に加え、日本にしかない生薬「センブリ」を多く配合するなど、漢方(中国の医学)に和方(日本の医学)を取り入れています。
漢方と和方のどちらも取り入れた「和漢薬」として、三光丸は人々の健康維持に役立ってきました。
日本に多い“長寿企業”
ヨーロッパを代表するドイツの老舗製薬会社メルク社には約350年の歴史がありますが、三光丸の歴史は700年以上。これは世界的に見ても極めて珍しい長寿企業です。
日本には100年を超える長寿企業が多い国として知られています。
日本の企業文化が、良いものを受け継ぎ、守り、磨き続けるという精神を持っていることが理由のひとつともいわれます。
そのような、ものづくりを大事にする精神は、今もなお三光丸の社内に受け継がれています。
まとめ

鎌倉時代から続く米田家の薬づくりの歴史は、誠実なものづくりの歴史です。
寺院から伝わった医薬の知恵を大事に受け継ぎながら、後醍醐天皇にも認められた秘方として名を得て、多くの人たちの胃痛・腹痛などの不調に寄り添い続けてきました。
私たち三光丸は自然の力を活かした和漢薬で、これからも皆さんの胃の健康を守り続けていきます。
アドバイザープロフィール

浅見 潤(あさみ じゅん)
三光丸クスリ資料館館長
北海道出身。平成12年、三鷹市教育委員会で遺跡の発掘調査と研究に携わる。その後奈良県明日香村に移住し、三光丸クスリ資料館館長に就任。館長職のかたわら、大和売薬および中世大和国の歴史研究を行う。日本薬史学会会員。
著書:『奈良とくすり -祈りと治療の歴史-』(京阪奈情報教育出版、2024年7月)







