三光丸の屋根に隠された歴史?「瓦」に刻まれたマークの秘密
いつも三光丸コラムを読んでいただきありがとうございます。
三光丸総務部です。 今回からコラムを担当することになりました!
これから、日々の業務の中で感じた身近な疑問や発見をみなさまにお届けしていきます。
新コラム第1回は、三光丸の「瓦(かわら)」についてのお話です。

三光丸本社に使われる瓦。「三」のマークが入っています。
入社した頃から「こんなところにも三光丸のマークがある!」と気になっていたこの瓦。もっと多くの方に知っていただきたく、今回はシニアアドバイザー(相談役)の米田德七郎(こめだとくしちろう)に詳しく話を聞いてみました。
「丸に三」の紋と建物の歴史
屋根の軒先(のきさき)にある丸い瓦の先端部分を「瓦当(がとう)」と呼びます。
この丸い部分が瓦当(がとう)です!
ここには家紋や模様が刻まれることが多いのですが、弊社の軒瓦には「丸に三」の紋が入っています。創業家の米田家本宅や門屋の瓦にも、この意匠があしらわれています。
大正6年、弊社は現在の場所に約1,000坪の屋敷を造成し、製造工場や事務所、本宅などを建築する大工事を行いました。当時の建物のうち、現在も残っているのは以下の3棟です。
●くすり資料館

●直心庵(資料館の西側)

●蔵(さらに西側)

これらの建物の鬼瓦を見上げてみると、すべてに「丸三」の紋が入っています。

なぜ家紋ではなく「丸三」なのか?
ただし、大正時代からすべての軒瓦にこのマークがあったわけではありません(現在見られるものの多くは、平成の解体修理の際に補充したものです)。
当時、特注の紋入り軒瓦は非常に高価で、神社や高級住宅に限られていました。弊社で「丸三軒瓦」が全面的に採用されたのは、昭和26年の建設時だと考えられています。
また、鬼瓦に紋を入れること自体は珍しくありませんが、通常は「家紋」を入れます。弊社(米田家)の正式な家紋は「丸に三つ鱗(うろこ)」です。
それにもかかわらず、あえて家紋ではなく「丸三」を入れたのは、先々代である米田德七郎虎義が「三光丸の『三』にちなんで」と、大正時代に発案したからだと推測されています。
おわりに
三光丸本社では、毎朝外でラジオ体操を行っています(真夏は室内)。建物を前に体操をしている社員にとっては毎朝目にするお馴染みの瓦ですが、お越しいただくお客様にはまだあまり知られていません。
創業から続く三光丸の歴史は、こうした瓦ひとつひとつにも息づいています。本社にお越しの際は、ぜひ屋根の上の「丸三」を探してみてくださいね。
コラム担当プロフィール

三光丸 総務部スタッフ
社内では各種事務手続きをはじめ、社員のみなさんが快適かつスムーズに業務に取り組める環境づくり、そして安心して働ける土台作りを担当しています。
三光丸コラムでは、伝統やものづくりへのこだわり、会社の歴史、日常の裏側などをわかりやすくお伝えし、三光丸の魅力を発信していきます。読者のみなさまに会社をより身近に感じていただき、少し笑顔になれるような親しみやすい記事をお届けすることが目標です!
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